味のある佇まい、癒しの住空間、昔から受け継がれてきた大工匠。
そんな日本の古民家に魅せられて、ブログを作成してみました。
わたしも日本の伝統的な古民家を世田谷に再生移築して住みたいものです。

2015年04月18日

致道博物館(山形県鶴岡市)

致道博物館(山形県鶴岡市)

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致道博物館

<致道博物館の沿革>

鶴岡市は江戸時代に城下町として発達した町です。致道博物館は鶴ケ岡城(現在鶴岡公園)の三の丸にあたり、庄内藩の御用屋敷となっていた所です。

庄内藩は徳川四天王の一人酒井忠次を祖とし、三代忠勝が元和8年(1622)信州松代から14万石で移封となってから明治まで酒井氏が治めていました。

明治後も酒井氏は鶴岡にとどまり昭和25年(1950)郷土文化向上のため旧藩校致道館資料及び土地建物を寄附され、財団法人致道博物館として発足しました。

「致道」という名は庄内藩校「致道館」によるもので、その出典は中国の古典「論語」の一節「君子学んで以って其の道を致す」にあります。
パンフレットより



<重要文化財旧西田川郡役所>

創建年月日 明治14年5月
指定年月日 昭和44年12月18日
木造2階建、両翼1階建、玄関突出、中央搭屋、時計台付、桟瓦葺
棟高20M、建築面積264.99u

明治13年(1880)6月に当市の大工棟梁高橋兼吉、石井竹次郎が初代県令三島通庸の命によって着工し、翌14年5月に完成した建物である。同年秋、明治天皇東北御巡幸の折には行在所(御宿舎)にあてられた。

創建当初は市内馬場町(現在の消防署)に南向き偉容を誇っていたが、永く保存するため、昭和47年当館に移築復元したものである。(付属建物として議事堂、用務員室があった。)

この建物は明治開花期に外国の影響を受けた擬洋風建築で、外観は簡素ながら均整のとれた意匠を示している。上げ下げガラス窓、玄関柱は柱脚台と頸巻繰形でバランスをとり、軒先廻りの化粧陸垂木などはルネッサンス風で、また2階の釣り階段は鹿鳴館時代を偲ぶことができる興味深いものである。
現地案内版より

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旧西田川郡役所



<御隠殿>

ここの土地は酒井氏入国当時(元和8年・1622)から藩の御用屋敷で、慶安年間(1648−1651)には3代酒井忠勝の次男忠俊の住居があった。

現存する建物は、幕末の文久3年(1863)11代忠発の時に藩主の隠居所(御隠殿)として建てられたもので江戸屋敷から移築したものと伝えられる。奥の座敷では「能」を演ずることが出来る様に、きれいな床板が張られ、床下には音響をよくするために大きな甕が並び据えられていたといわれる。

玄関と奥の座敷が当時の建物の一部で、大名屋敷の広壮な面影を偲ぶことができる。

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御隠殿



<旧渋谷家住宅(田麦俣多層民家)>

創建年月日:文政5年(1822)
指定年月日:昭和44年12月18日
1重3階寄棟造、茅葺
桁行8間半(15.4M)梁間6間(10.9M)


東田川郡朝日村田麦俣は湯殿山麓の村落で、全国でも有数の豪雪地帯である。江戸時代には出羽三山参詣のための道者宿をしたり、強力や馬子をつとめて生活していたが、明治維新後、宗教集落的性格を失い、わずかの田畑を耕し、養蚕と炭焼を正業とするようになった。
この地方の代表的な当建物はそのため創建当初の寄棟造りの破風窓のある妻の部分を切り取り、養蚕場として十分な採光通風の窓(高はっぽう)としたので、現在のような美しい輪郭と反りをもった「かぶと造り」という独特な外観の民家ができ上がった。
この民家は部屋の天井を高くし、高窓を設けるなど雪国手法らしいがみられ、構造は上屋柱と下屋柱からなり、小屋はさす組、軒はせがい造りである。
近年の急激な生活様式の変化によって消滅寸前であったため、昭和40年当館に移築復元したものである。
現地案内板より



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旧渋谷家住宅

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旧渋谷家住宅

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旧渋谷家住宅

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旧渋谷家住宅



<旧鶴岡警察署庁舎>

創建年月日:明治17年11月
指定年月日:昭和31年12月28日
木造2階建て、両翼1階建、玄関突出、桟瓦葺
棟高19M、建築面積237.6u

この建物は旧西田川郡役所と同じ当市の大工棟梁高橋兼吉が設計し、市内馬場町(現在の物産館前)に、工費五千三百四十六円二十銭をもって明治17年起工、同年11月に完成した。

昭和32年鶴岡警察署移転に伴い、建築士会が中心になって当館に移築復元したもんである。

この建物は外部窓廻りなどにルネッサンス様式を模しているが、屋根の大棟、破風妻飾りなど在来様式をも巧みにとり入れ、明治初期の擬洋風建築として独特の形態をもっている。

初代県令三島通庸が明治新政府の威容を表すべく建築したといわれ、木造入母屋造りの堂々たる外観を示している。
現地案内板より


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旧鶴岡警察署庁舎





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小野家住宅(埼玉県所沢市)

小野家住宅(埼玉県所沢市)


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小野家住宅


国指定重要文化財 小野家住宅

小野家住宅の建つ所沢市林は、かつて林村と呼ばれていました。「林」という地名は、江戸時代の地誌ヵ所『新編武蔵風土記稿』によると、村内に林木が多くあったのでその名がついたといわれています。江戸幕府の直轄地(天領)に属し、17世紀の後半から18世紀にかけて開発が進んだようです。

ところで小野家には、延宝5年(1677)以降の墓と位牌があります。このため祖先はこの地の開発に当り、17世紀末に住み始めたと考えられます。

小野家住宅の建築年代は、構造や建て方などから18世紀の初頭と推定されています。建築後は幾度となく改修が行われたようですが、建物自体は壊されずにそのまま残り、昭和50年に武蔵野の開拓農家の面影を残す代表例として国の重要文化財に指定されました。そして昭和53年に解体保存修理工事が施され、江戸時代の姿に復元されました。さらに平成15年には茅葺き屋根を再度葺き替えました。 
パンフレット抜粋


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小野家住宅外観


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小野家住宅外観


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小野家住宅内観


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小野家住宅内観



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大和市下鶴間ふるさと館(神奈川県大和市)

大和市下鶴間ふるさと館(神奈川県大和市)

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下鶴間ふるさと館


大和市下鶴間ふるさと館のご案内

ふるさと館には市指定重要文化財の旧小倉家住宅母屋と土蔵が復元されています。母屋は安政3年(1856)に建築されたもので宿場の商家建築として県内でも数少ない建物です。建物の床板から、墨で書いた黒船の絵や「安政3年」という年紀が発見されています。土蔵は前身建物の古材を用いて大正7年に同じ規模で再建されたまので、商家の付属建築です。一般的に袖蔵といわれ、商品などを保管しておくものです。

■開館時間 :午前9時から午後5時まで 入館は午後4時半まで
■休館日  :月曜日  休日と重なった日はその翌日  
       年末年始 12月29日から翌年の1月3日まで
■入館料  :無料 特別な行事または展示が開催されている場合には観覧料などが必要です。 

現地案内板より

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旧小倉家

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旧小倉家

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旧小倉家



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旧高橋家住宅(埼玉県朝霞市)

旧高橋家住宅(埼玉県朝霞市)

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重要文化財 旧高橋家住宅

住所:〒351-0005 朝霞市根岸台2-15-10
TEL:048-462-7067
問い合わせ先;朝霞市教育委員会文化財課 048-463-2927



旧高橋家住宅は、江戸中期、18世紀前半の建物と推定される、木造平屋建て・茅葺の農家建築で、平成13年11月14日付けで国の重要文化財に指定されています。主屋を中心に、納屋・倉・木小屋・井戸小屋・祠などの附属屋が主屋の周りに位置し、周囲には雑木林や畑が広がる、往時の武蔵野の農家の風景がしのばれる環境となっています。なお、雑木林や畑など周囲の環境も、建造物とともに武蔵野の農家景観を伝えているところから、敷地についても重要文化財に指定されています。

また、主屋については、建築当初から使われている部材に残された加工に痕跡などがあり、保存整備にあたっては、詳細に調査した結果をもとに、建築当初の姿に復元し、平成20年10月1日に開園しました。

当園では、朝霞の年中行事や催物を実施しており、これらを通して当時の生活をしのび、郷土「朝霞」へ一層の愛着を深めていただければ幸いであります。

パンフレットより。


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主屋


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納屋





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旧吉田家住宅(千葉県柏市)

柏市指定文化財 旧吉田家住宅

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旧吉田家住宅公園入口


柏市指定文化財
旧吉田家住宅

場所:千葉県柏市花野井974-1
柏市公式サイト

吉田家は村内の有力農民として代々明主の役を務め、文化2年(1805)からは醤油醸造業、天保2年(1831)からは穀物商を営み、在郷商人として成長していきます。また幕府の軍用馬育成のためこの地に開設されていた小金牧の管理にも関与し、江戸後期の文政9年(1826)から明治4年(1871)牧の廃止に至るまで、松ケ崎村吉野家、名戸ケ谷村木村家とともに牧の現地管理や運営を担う牧士(もくし)に任命され、士分格の地位が与えられました。このとき苗字帯刀(みょうじたいとう)が許されました。

明治以降の銅版画によると、横に長い広大な屋敷地の東半分を居宅、西半分を醤油の醸造工場として配置されてます。このうち柏市に寄贈されたのは屋敷地の東半部とその上に建つ諸建物です。

建造物調査、吉田家文書などから居宅と醤油醸造工場がおおむね天保年間から幕末、明治にかけて継続的に建設がすすめられた事があきらかになりました。現存する建造物のうち最も古いのが天保2年(1831)に建てられた長屋門、次いで同4年に向蔵、新蔵が建ちます。嘉永6年(1853)には、主屋の建て替えと新たに書院建設されます。その後、文久元年(1861)に書院庭園が完成し、慶応元年(1865)に新座敷と道具蔵が建てられています。明治以降は、書院裏の小座敷、主屋に帳場座敷などが増築されています。

旧吉田家は、醤油醸造工場の面影は見る事ができませんが屋敷林、庭園を含めた屋敷構え全体が今日まで良好に維持されています。さらに古文書などにより各建物の建築年代が詳細にわかることは全国的に見ても決して多くありません。

柏市では主要建物である主屋、書院、新座敷と長屋門、西門及び各種蔵(向蔵、新蔵、道具蔵、味噌蔵)計9棟を平成19年10月1日、市指定文化財に指定しました。
現地説明板より



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長屋門


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主屋外観



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主屋外観



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書院


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主屋どま


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丸太梁





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