味のある佇まい、癒しの住空間、昔から受け継がれてきた大工匠。
そんな日本の古民家に魅せられて、ブログを作成してみました。
わたしも日本の伝統的な古民家を世田谷に再生移築して住みたいものです。

2015年04月18日

大内宿(福島県)

大内宿(福島県)

重要伝統的建造物群保存地区
下郷町大内宿伝統的建造物群保存地区
面積 約11.3ヘクタール
国選定 昭和56年4月18日

大内宿は会津若松と日光・今市を結ぶ南山通り(会津西街道)の宿駅に一つである。

この南山通りは、会津藩が江戸時代初期に会津と江戸を結ぶ幹線道路の一つとして整備したもので、廻米などの物資の輸送で栄え、会津藩主も参勤交代の際にこの道を利用するなど重要な街道であった。

大内宿が宿駅として整えられたのは17世紀中頃と推定され、本陣・脇本陣がおかれた。

保存地区は旧街道に沿った旧宿場を中心とする南北約500メートル、東西約200メートルの範囲である。本地区の街並みの特徴は寄棟造の建物が道路と直角に整然と並べられていることである。主屋は道路から空地を設けて敷地の北側に後退して建ち、南は余地をおいて奥の土間入口への通路となっており、倉や納屋は主屋の奥に建つ。

主屋の多くは江戸時代後期から明治かけて建築されたもので、道路側に半間幅の縁をつけ、その奥の2室を座敷にしている。

道路の中央には広い溝が設けられ、宿場の用水路として利用されたが、明治19年になって埋めたてられ道路の両側に側溝が掘られ洗い場を設けるなどの変遷があった。

この街並みは、会津及びその周辺地域にみられたこの地方の宿場形態の典型的なもので、その多くが失われた今日もなお往時の姿をよく残している。又、周辺の社寺や自然環境とも一体となって優れた歴史的景観を今に伝えている。
                                                
文部省、福島県、下郷町
現地説明板より





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大内宿の街並み


大内宿街並み展示館(大内宿本陣跡)

大内宿の本陣は会津と奥州街道を結ぶ会津西街道の拠点のひとつとして江戸時代の初期に建てられ会津藩の初代藩主・保科正之、2代藩主・正経が江戸参勤のためにこの街道を利用し、ここで昼食をとったという記録が残っている。この時の行列の総人数は約600人で、宿場内はたいへんなにぎわいであったという。

ところで、大内宿は戊辰戦争の舞台となったことから、本陣に関する記録、図面等が散失しいまだ発見されていない。このため同じ街道の糸沢宿、川島宿の本陣を参考に設計し復元されたものである。本陣には殿様専用の玄関(乗りこみ)・上段の間・風呂・雪隠があり、茅屋根のどっしりした風格ととともに当時の面影を色濃く再現している。

文部省、福島県、下郷町
現地説明板より

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大内宿本陣


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posted by サカケン at 14:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 福島県