味のある佇まい、癒しの住空間、昔から受け継がれてきた大工匠。
そんな日本の古民家に魅せられて、ブログを作成してみました。
わたしも日本の伝統的な古民家を世田谷に再生移築して住みたいものです。

2015年04月18日

水海道風土博物館 坂野家住宅(茨城県常総市)

水海道風土博物館 坂野家住宅 (茨城県常総市)

sakanokeenter.jpg
坂野家住宅表門



「伊左衛門どん」、「だいじん屋敷」地元でこう呼ばれる坂野家は、当地に土着して500年ほどになるといわれる。近世紀にはこの地方の惣名主的存在でもあり、多くの人に親しまれてきた。

坂野家が豪農としての基礎を固めたのは、江戸時代中期に行われた飯沼の新田開発のときといわれている
3,000町歩(30ku)におよぶこの大事業において、当主の伊左衛門は幕府から事業の責任者である「頭取」のひとりに任じられ、米の生産拡大に向け尽力した。天保年間(1830〜1843)には、二宮金次郎(尊徳)が大生郷村の荒地再興の任を帯びて屋敷に逗留し、村人に農業の仕法を施した記録も残っている。また、昭和8年(1933)の記録によれば、農業規模は米が小作米ともで1,300俵、小麦600俵の収穫があり、7人の使用人を抱えた大農であったと記されている。

このように、坂野家は新田開発を契機に拡大し、現在残る屋敷構えの原型もこの頃造られた考えられる。

昭和43年(1968)には、「主屋」と「表門」(薬医門)が国の重要文化財として指定された。重厚なたたずまいの主屋と本来武家屋敷に設けられる表門からは、当家の格式の高さが伺われる。

屋敷構えの中心となる主屋は、「土間部」、「座敷部」、「居室部」にわかれ、豪農の家にふさわしい構造が随所に見受けられる。土間部には、木割りの大きい柱や梁で構成された架構があり、豪壮で意匠も優れている。また、竈や内風呂、馬屋などからは当時の坂野家の生活の様子をかいま見る事ができる。座敷部は、南から「一の間」、「二の間」、「三の間」と呼ばれ、一の間には床・棚があり、二の間との境には透彫り欄間をいれ、その他にも長押に釘隠を打つなど豪農住宅の客間としてよく整えられている。また、座敷部の式台を持った玄関は、幕府から派遣されてくる役人用備えたもので、当主といえども普段の使用は控えていたという。居室部は、「広間」前面の柱間3間に”れんじ”と呼ばれる「蔀戸」が吊られ、その上を欄間としている。この蔀戸と欄間による立面意匠はこの地方ではあまり例を見ない。主屋の中心となる居室部は、18世紀初め頃に造られた大型住居としてそれ自体珍しいものであり、19世紀になって接客用に増設された座敷部と共に大型住居の発展過程を知ることができる数少ない違例として貴重である。

主屋西側には”月波楼”と名付けられた「書院」もあり、幕末から明治初期にかけて文人の当主のもと、多くの書家や画家たちが訪れ、優れた作品の創作活動の場となった。

市では、平成10年に建物と屋敷地を譲り受け、歴史的建造物とこれを取り巻く里山風景を保存する『水街道風土博物館』として屋敷構えや庭園などを銅版画に近い姿に整備・復元し、平成13年4月より一般解放をはじめた。その後、主屋の老朽化が著しいため、国と県の補助を受けて平成15年1月から17年12月までの期間で保存修理工事を実施した。工事はいったん全てを解体して補修しながら組直す工法がとられ、調査によって主屋の遍歴がほぼ明らかになったことから、主屋の形式が最も整った19世紀中頃の姿に復元した。                                               
パンフレットより。

常総市公式サイトへ

sakanokeomoyagaikan1.jpg

sakanokeomoyagaikan2.jpg

sakanokeomoyanaikan1.jpg

sakanokeomoyanaikan2.jpg


皆様からの古民家園情報をお待ちしております。
ご協力お願い致します。

坂本建設株式会社
banner.gif

posted by サカケン at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 茨城県

2014年12月13日

練馬区石神井公園ふるさと文化館 旧内田家住宅(東京都練馬区)

練馬区石神井公園ふるさと文化館 旧内田家住宅

utidakegaikan1.jpg
旧内田家住宅


練馬区指定文化財 旧内田家住宅

所在地:東京都練馬区石神井町5−13 練馬区立池淵史跡公園内
公開時間:午前9時〜午後6時 見学無料

かつての練馬区域は、茅葺屋根の農家が点在する、江戸、東京の近郊農村でした。旧内田家住宅は、明治20年代初めに練馬区中村に建てられた民家です。部材の一部には、江戸時代の古材も使われています。
平成19(2007)年に建物をいったん部材ごとに解体し、必要な調査を行った後、練馬区石神井公園ふるさと文化館の屋外展示施設として、平成22(2010)年に区立池淵史跡公園へ移築復元しました。


建築年代 明治20年初め
建築様式 茅葺寄棟造り(平入り)
間取   整形4間取りの主体部とその北西に張り出す角屋からなる
桁行   15.3m
梁間   10.9m(管理室等をのぞく)
パンフレットより

utidakegaikan2.jpg


utidakegaikan3.jpg


utidakenaikan1.jpg


utidakenaikan2.jpg


utidakenaikan3.jpg


練馬区石神井公園ふるさと文化館公式サイトへ



皆様からの古民家園情報をお待ちしております。
ご協力お願い致します。

坂本建設株式会社
banner.gif

posted by サカケン at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 東京都

国指定重要文化財「椎名家住宅」(茨城県霞ヶ浦市)

国指定重要文化財「椎名家住宅」 茨城県霞ヶ浦市

gaikan19.jpg
椎名家住宅




国指定重要文化財 椎名家住宅  (昭和43年4月25日指定)

茅葺   寄棟

桁行・・・・15.3m

梁間・・・・・9.6m

椎名家は寛永(1620年代)以前からこの地に住み、代々茂右衛門を襲名した旧家で、近世には村役もつとめた家柄である。

この住宅は昭和45年〜6年解体修理を行い建立当時の姿に復元したものである。

解体の際、「ひろま」と「ざしき」境の差鴨居の枘から「延宝弐年きのえ寅十二月三日 此当主椎名茂右衛門 三十七年」の墨書きが発見され、延宝二年(1674)一二月三日の建立であることが分かった。この差鴨居は長押を一木から造り出している。形態からみれば、直屋で、間取りは「ねま」が「ひろま」の後方に張り出す、変形ひろま型である。こうした形式は、全国的にみると千葉県北部から茨城県南部にかけて分布する特異な間取りで、椎名家はその典型である。現在のところ建立年代のわかっている民家としては、東日本最も古いものとされている。
霞ヶ浦町教育委員会
現地案内板より


gaikan29.jpg
椎名家住宅


naikan18.jpg
椎名家住宅


naikan24.jpg
椎名家住宅


茨城県かすみがうら市ホームページ



皆様からの古民家園情報をお待ちしております。
ご協力お願い致します。

坂本建設株式会社
banner.gif


posted by サカケン at 16:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 茨城県

長瀞町郷土資料館 旧新井家住宅(埼玉県秩父郡長瀞町)

長瀞町郷土資料館 国指定重要文化財 旧新井家住宅
araikeenter.jpg

旧新井家住宅

国指定重要文化財 旧新井家住宅の説明

新井家は徳川時代に代々当地方の名手をつとめた高い格式を誇る旧家である。この住宅は、長瀞町大字中野上121番地に所在し、かつてこの地方に散在した板葺農家の典型的なものとして国の重要文化財に指定された。建物の年式については明らかででないが、家蔵の祈祷札のうち1番古いものは延享2年(1745)の年記があり、構造手法からみても時代の特性を示すものであり、このころの建立と思われる。その後、明治、大正、昭和を数次にわたり改修を受け、230数年の星霜をへて今日にいたった。町はこの建物を新井氏より譲り受け当地に移築保存することになり、昭和50年3月、国、県の補助を受け復元工事を完了した。

所     在 長瀞町大字長瀞1,164番地
名     称 重要文化財 旧新井家住宅

構造又形式 桁行20.9メートル、梁間10.5メートル切妻造、1部2階、板葺、東面庇茅葺

指定年月日 昭和46年6月22日

建物は桁行10間半、梁間5間の板葺、切妻造で、1部に中2階を設ける養蚕農家である。平面は桁行を3分して、土間に「ざしき」、「でえ」が並び、「でえ」裏に「へや」「おくのでえ」が配されている。構造は上屋・下屋の区別がなく、柱は棟木または母屋まで達するものが多く、小屋束は少ない。この建造物の特徴としてあげられるのは、栗材の板葺石置屋根、内部の屋根裏の「モヤ」に取りつけた竹を「あけび」のつるで結んだにが見どころ言える。又、軒下の関西風の格子を取りつけてあるのが美しい。
昭和51年3月15日  文化庁、埼玉県教育委員会、長瀞町教育委員会
現地説明板より


araikegaikan1.jpg
旧新井家外観


araikegaikan2.jpg
旧新井家外観


araikenaikan1.jpg
旧新井家内環


araikenaikan2.jpg
旧新井家内環


araikenaikan3.jpg
小屋裏内観


benjo4.jpg
便所

長瀞町ホームページ



皆様からの古民家園情報をお待ちしております。
ご協力お願い致します。

坂本建設株式会社
banner.gif


posted by サカケン at 15:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 埼玉県

2014年08月30日

旧本田家住宅(長崎県長崎市)

旧本田家住宅(長崎県長崎市)

1gaikan210.jpg

国指定重要文化財(昭和44年6月20日指定)

所在地  長崎市中里町1478番地 長崎市所有
建築年代 江戸時代(18世紀後半)


本田家住宅の建築された年代については、現在のところははっきりしたことは判っておりません。しかし、建築様式などから、今からおよそ230年前に建てられたと推測されます。また、本田家の菩堤寺である福瑞寺の過去帳には、「代右衛門明和6年丑天(1769)没」とあるため、この頃からすでに本田家が、ここ中里の地に家を構え、農業を営んでいたと考えられます。

日本旧来の家屋は、俗に田の字型の間取をしていますが、本住宅は、土間より2室の間仕切りを取り除いて3室とした、いわゆる三室間取の構造となっております。入口を入ってすぐ左側には、「おうえ」とよばれる部屋があります。この「おうえ」は囲炉裏を中心として家族が集まり、食事をする場所であり、また、親密な友人などが来たとき、応接する空間です。これに対し、「ざしき」は格式ばった来客があった場合にとおす部屋になります。間取りの最も奥にある部屋は納戸です。主人夫婦の寝間であり、座敷とともに敷居が高くなっているのは、他の部屋と区別をつけるなどの意味合いがあったと考えられます。
(現地説明板より)

2gaikan111.jpg

3naikan19.jpg

4naikan26.jpg

5enter8.jpg

この建物は旧長崎街道(巾:1.8m程)から上の写真の道を15mほど登るとあります。看板も有りません。長崎の方に連れていって頂いたのでたどりつけましたが、案内がなければ分からないかもしれませんね。(国道には看板がありましたが)



皆様からの古民家園情報をお待ちしております。
ご協力お願い致します。

坂本建設株式会社
banner.gif


posted by サカケン at 09:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 長崎県