味のある佇まい、癒しの住空間、昔から受け継がれてきた大工匠。
そんな日本の古民家に魅せられて、ブログを作成してみました。
わたしも日本の伝統的な古民家を世田谷に再生移築して住みたいものです。

2014年08月01日

日の出山荘(東京都西多摩郡)

日の出山荘(東京都西多摩郡)


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日の出山荘  

中曽根・レーガン日米首脳会談
昭和58年(1983年)11月11日 ロナルド・レーガン アメリカ合衆国大統領夫妻は中曽根首相の招待を受けて此処「日の出山荘」を訪れ、中曽根首相・レーガン大統領による日米首脳会談が行われた。

12時半に山荘到着後、「青雲堂」に於いて両首脳夫妻はお揃いのチャンチャンコを着て寛いだ雰囲気の中で昼食を共にし、中曽根首相自らお茶を点てるなど、和やかな会食であった、其の後両首脳による日米首脳会談は「天心亭」の囲炉裏を囲んだ椅子席で行われ、日米及び世界の重要問題に関する率直な意見交換が行われた。

この会談は世界各国にテレビ放送され、日本の農家の佇まいと、林に囲まれた静かな山里での会談は日本の紹介とロンヤスと呼ばれた日米結合の強さを示した。

この会談を成功に導いたのは沿道で星条旗と日の丸の小旗を振って温かく歓迎した町の人々であり、3600人に及ぶ警備や国内外の多数の報道陣の取材等により「日ノ出町」の名は全国に知られるところとなった。

日ノ出町はこの記念すべき出来事を永く伝えようと2002年11月に地元有志の協力を得て、町の中央にある文化の森に、日米首脳会談記念碑「平和の碑」を建て、ハワード・ベーカー駐日大使夫妻の列席のもと除幕式が盛大に執り行われた。

現地説明板より。


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青雲堂

江戸時代末期に建てたとされる古民家、昭和37年に中曽根氏の別荘となり「青雲堂」と呼びました。故郷・高崎市にある政治運動の拠点”青雲塾”から名付けました。中曽根氏はここで茶を点てて客人をもてなし、趣味の俳句も数多く詠みました。

昭和58年11月11日、レーガン大統領夫妻を招いた時も自ら点てた茶の湯で2人をもてなし、ちゃんちゃんこを羽織って食事と会話を楽しみ、親交を深めました。

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細川紙紙すき家屋(埼玉県秩父郡)

細川紙紙すき家屋(埼玉県秩父郡)


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細川紙紙すき家屋 外観



細川紙紙すき家屋は昭和49年3月8日に埼玉県指定有形民俗文化財として指定されました。

近世から近代において細川紙の紙すきが盛んにおこなわれていた頃の一般的な紙すき家屋です。
寄棟造り、 茅葺きの中規模農家であり、間口16.69m、奥行10.11m。
解体時は四間取りでしたが、当初は広間型三間取りと推定されます。土間にはウマヤがありましたが、天保年間(1830〜1843年)に紙すきを始めたため、これを撤去して紙すき場をつくったと考えられています。

家屋の建築年代は17世紀末と推定されています。
この家屋は、細川紙手漉(てすき)和紙関係用具の収集の一環として、大字奥沢の江原義貞氏から村が譲り受け、移築復原したものです。

東秩父村教育委員会



住 所 :埼玉県秩父郡東秩父村大字御堂441 東秩父村和紙の里内
TEL  : 0493(82)1468



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細川紙紙すき家屋 外観


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細川紙紙すき家屋 内観


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細川紙紙すき家屋 内観


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古納屋(東京都練馬区)

古納屋(東京都練馬区)

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古納屋外観



古納屋は、練馬区内大泉町の見留康宏家に残る古い物置を移築・復元したものです。
建築年代は不明ですが、正面2枚の上桟を用いない大戸や角釘の使用などからして、江戸末期の建築物と推定されます。

折置組、寄棟造りの平屋建で、基礎は玉石をすえ、土台をめぐらしています。外壁は正面が板壁、その他は土壁で、復原前の屋根は茅葺になっていました。屋根裏部屋が収納場所になっているのが特徴です。
時代とともに 構造に手が加えられていますが、江戸時代の農家の物置の姿を残しています。



住 所 : 練馬区土支田3丁目34番26号 土支田農業公園内
TEL  : 03(5387)8931



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古納屋外観


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古納屋入口


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古納屋 屋根裏


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渡辺泉氏住宅(山梨県南都留群)

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渡辺泉氏住宅 外観



母屋の現状は、妻の上部を小さな入母屋の茅葺兜作り屋根とし、大棟に換気の箱棟を付けた桁行九間半、梁行五間一尺の規模である。
いまの間取りは床上部分の表側から左の妻側にかけてザシキ・ゼイサ・オクンゼイサを配し、ザシキの裏に一間幅のヘヤと土間(デードコロ)に張り出した広いカッテバがある。
しかし改築に際して西側の二室(ゼイサ・オクンゼイサ)を改造し、ザシキ・ヘヤ・カッテバも組み替えられた。
また、藤次の大黒柱の梁行の柱通には、前のほうから三尺−六尺の四間の割付で柱がたち、ザシキとヘヤの境には一間の押板があるが、以前のヘヤの幅は二間らしい。
柱の仕上は、ゼイサとオクンゼイサを鉋とするほかは手斧(ちょうな)仕上だが、 大黒柱を一尺四寸、その前後のものは八寸弱、ザシキ内部の柱は八寸から七寸弱とするなど、かつての木組を誇ったころの傾向がのこされている。
以上のことなどからみて、現建物の建築年代は十八世紀後半と推定され、この地域における大型農家の一代表的遺構といえる。



住 所 :山梨県南都留郡忍野村265 榛の木林民俗資料館
TEL  : 0555(84)2587

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渡辺泉氏住宅 内観



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渡辺泉氏住宅 内観


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旧宮下家住宅(山梨県富士吉田市)

旧宮下家住宅(山梨県富士吉田市)

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旧宮下家住宅 外観



宮下家は富士吉田市小原の農家で、東側の丘陵を控えて主屋を構え、屋号をニイエという。宝永年間(1704〜1710年)の分屋といわれ、江戸時代には小明見村の名主を交替で勤めた家柄と伝える。昭和57年(1982年)に調査を実施した際に宮下家を文化財的な価値の高い古民家として確認する。翌58年(1983年)、台風により同家の裏山が崩壊し、床上浸水の災害を被ったために解体のやむなきに至った。そこで、緊急に県と市の調査が行われた。さらに宮下家住宅調査団による本格的な調査が実施された。さらに宮下家住宅調査団による本格的な調査が実施された。同年12月7日山梨県文化財(建造物)に指定、市へ寄付された。翌年1月解体工事に着手し、3月末に完了。平成元年(1985年)11月に市郷土館敷地内において移築、修理工事に着手し、翌平成2年(1990年)6月に竣工する。

母屋の規模は桁行八間、梁行四間半である。当初柱の保存がきわめてよく、失われた当初柱は外廻りで六本、内部で二本にすぎず、また、上部の梁組はほぼ完全に残っている。建築年代は、間取りの形式、外廻りの閉鎖的な構え、低い柱の高さ、密にたつ内部の柱配置、梁組と構法性質などから、十八世紀初期ないしそれをやや遡る時期と推定され、この時期の民家としてほぼ完全に復元できる点で重要な価値が認められる。

外観は著しく建ちが低く、また、座敷の表構えが格子付の腰高窓となり、東妻側二室の表構も腰高窓と袖壁付きの引違戸に復される。このような低い建ちと閉鎖的な外廻りの構えは古民家特有のものである。屋根は破風の小さな入母屋造である。

間取は西側三間半を土間(ダイドコロ)、東側四間半を床上とし、床上の表側梁行三間を十五畳大のザシキ、十畳大のデエサとその前部の式台、床上の裏側梁行一間半を共に六畳大のヘヤ・オクンデエとする。この間取で注目されるのは、土間後部に張出す傷まの勝手が狭く、江戸時代後期に一般的な都留郡民家の間取が成立する前段階の形式を示すことである。

構造は、側廻りから半間内側を上屋にとる構成で、土間妻側の半間内側と床上部分の待仕切には六尺または三尺間隔で上屋柱がたち、柱が密にたつ古民家の構造の特色をよく示す。梁組は曲り梁を縦横に組む構造で梁材には二つ割を用いたものもあり、また、側柱の頭を細い桁でつないで、その上に梁をかける京呂組の構法を用いるのは比較的進んだ構法である。屋根裏は合掌を組み、両端の合掌だけ棟束でうける。また、柱は側柱に杉と栂、内部に栂と黷ネどを用い、その仕上げはデエサの一群とオクンデエに鉋をかけるほか、すべて手斧仕上げである。

上記のように、当住宅は都留郡古民家として年代も古く、保存も良好で、他との比較の上で基準となる重要な民家である。



富士吉田市指定文化財 旧宮下家住宅

所在地:山梨県富士吉田市上吉田2288-1 富士吉田市歴史民俗博物館内
開館時間:午前9:30-午後5:00 入館は午後4:30まで


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旧宮下家住宅 外観



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旧宮下家住宅 外観



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旧宮下家住宅 内観



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